今回は「新しい生き方・働き方」をテーマに書いていきます。

この記事の内容は、とある通信制高校のサポート校で、先日私が高校生に対して行った授業の内容の一部になります。

実際に私は今、高校生に対して「インターネットを活用した、今の時代に適した新しい生き方を学び・実践する」というコンセプトをもとにリアルの場で授業を行なっているのですが、その中で話した内容の一部を、今回この記事でシェアします。

内容自体は「これまでの歴史を踏まえ、そして未来を見据えた上で、今何をするべきか」というもので、これからの時代を生きていく上では高校生に限らずどんな人にとっても大事な内容になりますので、ぜひご自身の立場に置き換えてぜひ最後まで読んでほしいと思います。

それでは、まずは今回のテーマについてまとめたこちらの動画からご覧ください。


以下、この動画に沿って説明していきます。


過去と未来から今の生き方・働き方を考える


ここでは、これからの生き方・働き方を考えていくにあたり、

①「これからやってくる未来の現象を見据えた上で、今何をすべきか」
②「これまでの人類の働き方の歴史(過去)を振り返った上で、今何をすべきか」

この二つの視点をもとに考えていこうと思います。

そして今回の記事では、そのうちの ①「未来を見据えた上で今何をすべきか」について深く考えていくことにします。(②については、次回の記事で詳しく解説します)


生き方・働き方の常識とその崩壊

今も根強く残っている紋切り型の生き方・働き方


まず「生き方・働き方」について、今現在も根強く残っている一般的な考えとして、次のものが挙げられます。

「良い大学を卒業して、大手企業に就職して働いていれば、安定した収入がもらえて安心して生活できる」

これは、本当にいまだに根強く残っている考え方です。

・「なるべく正社員になったほうがいい」
・「大企業の正社員になるならできれば大学は卒業しておくべきだ」
・「これをやっていれば就職活動の際に潰しがきく」

などなど、よく耳にするこのような言葉も、上記の考え方を前提にしたものになります。

私たちの多くは、学校や家庭を含む様々な場所で、このような言葉を何度も聞いて育つことになります。学校の先生や親から直接言われたり、あるいはその先生や親の言葉を素直に聞いて行動するクラスメイトの姿を見たりすることで、なんとなくそれが「働き方・生き方」として正解なのかなと思ってしまうのです。

つまり、みんなが言っているから、周りがやっているからという理由で、自分も漠然と「大学進学や正社員として働くことが正当な道なのかな」と判断してしまうことが多いということです。

実際、現在の高校生の中にも「将来やりたいことは決まっていないけどとりあえず大学に行く」ということを考えている人はかなり多いです。

これは私が塾の講師をしていた頃から変わっておらず、私もそのような生徒を何人も見てきました。わざわざ塾に通って大学受験の勉強をしている人であっても、明確な目的意識を持っておらず「何となく大学に進学するのが正当な道だから、大学に入るために勉強している」という人が実際には数多くいるのです。

そのような現状から、正社員として企業に就職して安定した収入を得て安心した生活を送ろうとする生き方・働き方というのは、未だに多くの人が受け入れる『常識』になっているということが言えます。

生き方・働き方の常識の崩壊


しかし、そのような常識の山を登っている人が、今では安定も安心も安泰も得られなくなってきているという現象が起き始めています。これは過去のこちらの記事「終身雇用の崩壊と年金制度破綻で日本はオワコン?結局解決策はコレしかない!」でも触れた通りです。

事実上終身雇用制度が崩壊したことによって、企業に就職して正社員になっても、定年まで働けずに途中でクビを切られてお金が得られなくなる(安定した収入は確保できなくなる)人は実際に出てきています。

また、年金の需給バランスが崩れてきていることによって、定年まで働いたとしてもその後国から支給される年金については十分な額はもらえず、結局老後も安心した生活はできないという心境に陥っている人も出てきています。

・「大企業に就職していれば安泰」
・「国の保障に頼っていれば安心」

このような言葉は、もはや完全に通用しない段階に入ってきているのです。


なお、このような制度の崩壊や破綻の背景にあるのは「少子高齢化」現象です。若者が減り、年配層や高齢者が増えているという現象が、この問題の根幹にあります。

そもそも、企業における終身雇用制度も国内における年金制度も、ともに若い世代の労働力に支えられて成り立っている制度になります。

企業が終身雇用を守り、その社内の年配労働者に対して定年まで高い給与を支払い続けられるのは、その社内の若年層の労働力がそれを支えられるくらい大きいからです。比較的賃金が安い若年労働者が生み出す高い生産性が、その会社内の年配労働者の高い賃金を支えているのです。

また、国が高齢者に対して十分な年金を支給できるとすれば、それも国内の労働者から徴収する年金の総額が大きいからです。高齢者よりも若い世代の労働力が今の高齢者を支えているのです。

つまり、終身雇用制度も年金制度も「世代間扶養」という側面がある点では共通しており、この二つのシステムはともに若い世代の労働力(=若年労働者の数)に支えられて機能しているものなのです。

現代の日本では、そのような制度を支えている若者の数が年々減少し、逆に年配層や高齢者がどんどん増えている…そんな少子高齢化が進行しているからこそ、システムそのものが機能しなくなってきているのです。

そして、日本の人口推移を考えると、この先も高齢化率は上がり、少子高齢化現象はどんどん進行していきます。なので、これからやって来る未来を見据えた場合、これまで常識とされてきた「働き方・生き方」を鵜呑みにしているだけでは、とんでもない末路を迎えることになります。

これまで常識となっていた生き方・働き方は、終身雇用や年金制度が正常に機能することを前提にしたものであり、そのような前提が崩れてきている現在においては、企業の制度を当てにすることも、国の制度に寄りかかることもできないのです。

常識の山を登ろうとしている高校生


そんな中、このまま常識の山に登ることが正しいと思い込み、何となくの感覚で「とりあえず大学に行く」という選択をすることがどれだけ自分の時間を無駄にすることになるのか…そのリスクをしっかりと念頭に置いておくべきだと、私は高校生に向けて話しました。

自分の時間というのは、人生単位で見た場合「自分の寿命」であり、すなわち命です。人間の活動には制限時間があるのです。その有限の時間をそこに割くだけの価値が自分にあるのかをしっかりと考える必要があります。

私も、塾講師をやっていた当時からこのことを感じ始め、このまま塾講師を続けていくことの社会的意義について次第に違和感を持つようになりました。

・「今の時代に大学に行くことにどこまで意味があるのか?」
・「生徒を大学に送り出す教育機関としての塾はそこまで意味はあるのか?」

このような疑問はどんどん強くなっていったため、私は思い切って塾講師をやめる決断をしたのです。

そしてその後、国にも企業に頼っていけないこれからの時代は「自分の力でお金を生み出せる」そのような教育が必要だと感じ、まずは自分で一からビジネスを学んで自分の事業を通して実践ベースでお金についての理解を深めていきました。そして今では、自分のビジネスで培った知識や経験を活かし、本当の意味での「生きる力」と言える「社会の中でお金を生み出していける力」を身に着けるための情報発信をしたり、コンサルティングをしたり、セミナーをしたりしています。

つまり、今では当時とは全く別の形の、今の時代に適した教育を、高校生だけではなくより幅広い年代の人に向けてしているのですが、それは「生徒を大学に送り込むことの意義に疑問を感じたから」なのです。

だからこそ、これから大学受験をするつもりでいる高校生には、自分が大学に行くことの意義を今一度しっかりと考えてほしいと思っています。

もちろん、これは決して大学に行くこと自体を否定しているわけではありません。大学に行かなければできないことはありますので、自分のゴールを達成する手段として大学進学が必要だとはっきりと言えるのであれば、迷わずそこに向かって進めばいいと思います。

例えば、弁護士になりたいのであれば、(予備試験に合格する場合を除けば)法科大学院を卒業しなければ司法試験を受験することすらできません。また、医者になりたい場合も同様に、大学の医学部に行くか医大に行くしかないです。そうしなければ医師国家試験を受けることはできません。

このように、すでに自分の目指す場所が明確になっていて、その場所に行くためにはこの山に登るのが最適なルートだと断言できるのであれば特に問題はないのですが、ただ逆に、自分のゴール設定も明確になっていない状態で、周りの動向に合わせ、ただなんとなくという判断で大学に行くことを選択するのが相当危険な行為だということです。

常識の山をすでに登っている大学生・社会人


そして正直、高校生よりもこの問題を真剣に考えなければいけないのは、その常識といわれていた山にすでに登り始めている大学生や社会人の方です。

明確なゴール設定もなく何となく大学生になった人や、とりあえず周りに合わせて就職活動をして社会人になった人であれば、すでに今の自分のポジションに違和感を覚える人も多いと思います。「あれ?就職したけど何か違う気がする」「本当にこのままで大丈夫なのか?」と感じる人は増えてきているはずです。

このような違和感を覚えた時、重要なのは「どうやら自分が登るのはこの山じゃなさそうだ」と素直に認めることができるかどうかです。そしてそのように判断できたら、すぐさまルートを引き返し、新しい山を見つけてその山に一からの登ることができるかどうかです

多くの人は、今の自分のポジションに違和感を覚えながらも、そのポジションを手放すことに恐怖を覚え、何かと理由をつけて変わらない・今の場所に居座り続けるという選択をします。

・「せっかく一生懸命勉強してこの大学に入ったんだから」
・「苦労して時間をかけてここまでやってきたんだから」

このような思いに駆られ、自分が苦労をして獲得したものやこれまで時間をかけてやってきたことを手放せず、違和感を覚えながらも結局コンフォートゾーンから抜け出せずに今の状態を維持しようとするのです。いわば、一度獲得したものを損切りできず、この先もずっと違和感を感じながら(ずっと含み損を抱えながら)生活することになるのです。

そしてひどい場合には、踵を返すことができない自分の立場を守るために、新しい山に登っている人を必死になって批判するケースも出てきます。今いる環境を脱して新しいことに挑戦しようとしている人に対して「今の環境でうまくやっていけない適応力のない人間だ」とレッテルを貼ってバカにしたりすることで、挑戦する勇気をすら持てない自分の惨めさを隠し、必死で自我を保とうとするのです。このレベルの人間を「老害」と言います。

さすがに、このレベルまでいくともう救いようがないので論外なのですが、そこまでは行かないまでも、もし当時の私と同じような感じで現状に違和感を抱いていたり、今のままの状態でいることに不安を感じていたりするのであれば、思い切って新しいことに挑戦したほうがいいです。これから先の未来を見据えた場合、違和感や不安を感じたまま今のポジションを維持し続けても、ただの短い延命措置にしかなりませんので。

これは、過去のこちらの記事「人生における損切りとは?過去を手放す方法とアウフヘーベン」でも述べたことですが、今のポジションを手放して新しいことに挑戦したとしても、これまでの経験は決して無駄にはなりません。無駄になるどころかむしろ、これまでの経験は新しく挑戦した経験と統合され、それがより強固な自分独自の活動の軸になります。

この詳しい説明については過去の当該記事を読み返してほしいのですが、今あるものを手放して全く新しいことに取りかかることで、より自分らしい強固な軸が出来上がり、一段階高い次元にレベルアップすることができるのです。そしてその自分独自の軸というのが、国にも企業にも寄りかかることのない、自分自身のブランドとして機能し、自分の力でお金を生み出していく上で役立つものになります。

なので、これからやってくる未来を見据えた場合、現状に違和感や不安を覚えているのであれば、さっさと手放して新しいことに挑戦したほうがいいと思います。


未来を見据えた上で今何をすべきか?

国や企業ではなく自分に価値(ブランド)を見出す


ひとまず、ここまでの内容をまとめると…

日本では、少子高齢化の進行により、もはや国の保障も企業の制度も当てにして生きていくことはできない。さらに、今後は人工知能の加速度的な発達により、人の仕事はAIでできるようになる機会も増えるため、他に代わりがきく仕事しかできない代替可能な人間もどんどん淘汰されていく。

したがって、これからやってくる未来を見据えた場合、他に代わりのきかない自分独自のブランドを確立し、それを元に国にも企業にも寄りかかることのない、社会の中で自分自身でお金を生み出すための知識やスキルを身につけるべき

…ということが言えます。

ここで言う自分独自のブランドとは、顧客が「あの人だから」という理由で自分を選んでくれる状態のことです。例えば、

・「あの商品があるから」ではなく「あの人がいるから」その店に行きたい
・「あの内容だから」ではなく「あの人が話をするから」そのセミナーを受講したい
・「あのネタの動画だから」ではなく「あの人の動画だから」それを視聴したい

と、顧客が思う状態です。「商品やサービスのクオリティ」以上に「人」で選んでくれる状態のことです。

もちろん、商品やサービスのクオリティを上げることは非常に重要です。ただ、今の時代、良質な商品やサービスというのは、他に簡単に研究されて真似されてしまいます。成果を出しているものの外形的技術というのは比較的容易にパクられてしまうのです。そうすると、商品のクオリティだけで差別化を図るのはなかなか難しいことになります。

そんな中で、他と差別化して自分自身でお金を生み出せるようになるには、自分独自の価値(自分のブランド)を確立して「自分だから」という理由で選んでくれる状態を作り上げるしかないです。

独自のストーリーや理念が自分の軸を作る


では、自分独自のものとは何か?・・・それは、先ほど言った「経験・ストーリー」です。

人はそれぞれ独自のストーリーを歩んできています。 他の人と同じようなストーリーがあったとしても、完全に全く同じ道など絶対に歩んではいないはずです。

そのストーリーや、そのストーリーから生まれる理念というのはパクリようがありません。外形的な技術であればお金を使って人を雇えば比較的簡単にパクることはできますが、人のストーリーや理念は時間をかけてその人の内部に育まれるものだからです。

だからこそ、例えば私が発信している動画の内容パクろうとした場合も、外形的に同じようなものを作ることはできるかもしれませんが、発信の根源にあるものが違うので、完全に同じ動画にはならないはずです。私の活動の背景にあるものや、動画での発信を通して実現させようとしていることは明らかにとは違うので、同じような動画を作ったとしても、発信から滲み出るものが違うというのは見る人が見ればわかるんです。

このように、私には私のストーリーがあって活動していますが、あなたにもあなただけのストーリーがあるはずです。

ストーリーや、ストーリーから生まれる理念が自分の商品に反映されるからこそ、自分だけの商品が生まれますし、それが自分のサービスに反映されるからこそ、代替不可能な自分だけのサービスが出来上がるのです。

そのような自分独自の軸を通してビジネスをしていくことで「あなただから」という理由で選んでくれる人が出てくることになり、それが社会の中で自分自身でお金を生み出すことに大きく貢献してくれることになるのです。

これからやってくる未来を見据え、自分自身でお金を生み出せるレベルになれるように、今述べたブランドの構築も含めて、しっかりとお金の勉強やビジネスの勉強をしていきましょう。


次回の予告


さて、新しい生き方・働き方を考えるにあたって

①「これからやってくる未来の現象を見据えた上で、今何をすべきか」
②「これまでの人類の働き方の歴史(過去)を振り返った上で、今何をすべきか」

という二つの視点のうち、今回は①について詳しく解説しました。

では、次回は②の視点から新しい生き方・働き方を考えていこうと思います。これまでの人類の働き方の歴史を元に、詳しく解説していきます。

【追記】次の記事を更新しました。
⇒「それでも就職したい?産業社会から情報化社会への移行に伴う働き方の変化