仕事ができない人の特徴とは?つらいと悩む人の最大の盲点はここ!
今回は「仕事ができない人」をテーマに書いていきます。

この記事を読むことで理解できること
◎仕事ができない人の主な特徴とは?
◎仕事ができないことの問題の本質はどこにあるのか?
◎仕事ができるようになることが本当に良いことなのかどうか?

今回の記事は「会社から与えられた仕事がうまくこなくて悩んでいる」という人には、特にじっくりと読んでほしいものになります。

仕事ができない人の主な特徴


現代では、仕事ができないことによって辛い思いをしている人は少なくないです。基本的に、大人になると1日のうちの多くを仕事に割くことになるため、その仕事で悩みを抱えるということも増えてくるのです。

よくあるパターンが、次のようなものです。

会社で与えられたタスクをうまくこなせず、それによって上司から叱られたり、同僚からもできない人だと思われる…。その結果、職場の人間関係もうまくいかず、セルフイメージが下がってどんどん自信を喪失し、劣等感に苛まれる…。

このようなことは、特に珍しいことではありません。

そして、この「タスクをうまくこなせない」というのをより具体的に言うと…

・「うっかり同じミスをしてしまうことが多い」
・「ミスしたことにテンパったり、感情に振り回されて冷静かつ合理的に仕事を進められない」
・「冷静な思考ができないので、結果として作業の要領・効率が悪くなる」
・「要領が悪いことによって、期日に間に合わず納期が遅れてしまう」

などなど、これらはあくまで例ですが、上記が「タスクをうまくこなせない」に該当する典型になります。

では、上記のような人がこれらを全て改善して「仕事ができる人間になる」ことは、果たして良いことなのでしょうか?

仕事ができる人になるのは良いこと?


まず、上記で述べたことを一つずつ改善して「少しずつ仕事ができる人間になる」というのは、個人的には良いことだとは考えてません。

もちろん、セルフイメージが下がっている状態は良くないのですが、その状態を解消する手段として、

・同じミスをすることなく、
・常に合理的で感情に振り回されない、
・作業も効率よくテキパキとこなせる、
・時間の管理もできて期日もしっかりと守ることができる、

そんな人間に変わっていこうとするのは、個人的にはお勧めしないのです。

なぜなら、上記の意味での「仕事ができる人間になる」ことは、これからの時代を考えると自分の首を締めることに繋がるからです。

これについて、もう少し掘り下げて説明します。

仕事ができる人=機械みたいな人


これまで述べてきた通り、世間一般でいう「仕事ができる人」とは、次のような人を指します。

ミスもほとんどすることがなく・感情に左右されず常に合理的で・作業は要領よくテキパキとこなせて、時間管理もしっかりできる

そしてこのような人は、言ってしまえば「産業社会に順応した機械みたいな人」と言えます。つまり、これまでは「機械みたいな人間」が「仕事ができる人」とされてきたのです。

実際、かつての産業社会においては、企業が急成長を遂げるためにはそのような「機械みたいな人材」が必要不可欠でした。欠陥のない良質な製品を効率よく大量に生産することで経済の発展が実現できる、そんな産業時代には「指示に対してミスをすることなく・効率よくテキパキと動くことのできる人材」が求められたのです。

そして、そのような「機械みたいな人材」を育成する機関として作られたのが、学校です。学校とは、産業社会における常識を身につける機関であり、産業社会に順応した「機械みたいな人」を大量に生産するための機関なのです。

「学校」…子供のうちから産業社会に適した心身を鍛えさせられる機関
「会社」…大人になってから産業社会の実働部隊として働かされる機関

このあり方が、時代が変わった今でも受け継がれているというわけなのです。

したがって「学校は社会の常識を身につけるために必要だ!」と言う人は、完全に子供の頃に受けた教育という名の洗脳にかかっています。そこで言う「社会の常識」とは、産業社会の常識です。現代の情報化社会における常識でもなければ、これからやってくるAIが発達した社会の常識でもありません。

常識というものは社会構造の変化とともに塗り替えられますが、私たちが通ってきた学校は、産業社会にうまく機能する常識を植え付けるために作られた場所なのです。

「学校の生徒の扱い」と「会社の従業員の扱い」


そのように考えると、学校における生徒の扱い方と会社における従業員の扱い方は、面白いほど一致することがわかります。

そしてそれがわかると、本記事のメインテーマの「仕事ができる人間になることが良いことかどうか」も、はっきりと見えてくると思います。

「先生から出される課題」と「上司から出されるタスク」


まず、学校では与えられた課題をこなし、テストで良い成績をおさめれば、先生から褒められ、校内で表彰されることがあります。その結果、多くの人は褒められることで承認欲求が満たされることになり、「与えられた課題をしっかりこなすことが良いこと」という枠から抜け出すことができなくなるのです。

それと同じように会社でも、与えられたタスクをこなし、仕事で良い業績をおさめれば、上司から褒められ、社内で表彰されることがあります。ここでも「与えられたタスクをこなせる人が仕事のできる優秀な人」とされ、結果として「自分でルールを作って、自分のやりたいことを課題にする」という発想を持つことができなくなるのです。

学校での生徒と会社での従業員、両者の扱いが全く一緒ということがわかると思います。

「教育勅語の暗唱」と「社訓の暗唱」


また、日本の学校では体育の時間に「気をつけ、前へならえ、右むけ右」といった軍隊的な教育がなされます。さらに(これは戦前のことですが)教育勅語を暗唱させるような習慣も、当時の学校には存在していました。

その軍人教育の名残と言われるものは、今の会社にも根強く残っています。従業員にマニュアル通りの言葉遣いを叩き込む教育は今でもありますし、お辞儀の角度まで徹底させるような教育も、会社によっては存在します。さらに「〇〇何ヵ条」のような社訓を暗唱させる文化もあるのです。

これは、全員に一律の身体的訓練を課すことによってトップの指示に忠実に従うマインドを形成する教育です。学校にも会社にも、当時の軍人教育の名残と言えるものはあるのです。

「一斉に就職する人々」と「一斉に納品される製品」


さらに、学校ではみんなと一緒に教育を受けた後、基本的にはみんな同時期に・一斉に就職活動が始まり、一括採用の名の下にそれぞれ会社に採用されることになります。産業社会に適応した人間に育て上げられた人たちは、進んで会社の実働部隊として働きにいくことになるのです。

これは、大量に生産され、期日通りに一斉に納品されていく工業製品の流れと全く同じです。つまり、学校での教育に耐えることができた優秀な人材は、耐久性のある優秀な製品として会社に納品されるのです。

逆に、学校での教育に耐えられない人材は、校内では落ちこぼれのレッテルを貼られ、会社では耐久性のない欠陥商品と見なされて排除されることになります。つまりそのような人は、産業社会においては仕事ができない人として採用されないことになるのです。

それでも仕事ができる人になりたい?


このように、与えられた課題を効率よくテキパキとこなせる、組織に忠実な高性能マシーンのような人が「仕事ができる人」と言えます。学校教育を経て、機械のように育て上げられた大人が「仕事ができる人」とされるのです。

では、ここで本来のテーマに戻ります。ここまでの内容を踏まえた上で、世間一般でいう「仕事ができる人間」になりたいと思うでしょうか?

正直、世間一般でいう「仕事ができる人」になることは、できないことをできるようになる「能力の獲得」を意味するものではないと思っています。どっちかと言えば、もともとある自分の色を喪失する「個性の剥奪」に近いと考えています。

★「仕事ができるようになる」
≠ 自分のできないことをできるようになる「能力の獲得」
= 本来備わっている自分の色を喪失する「個性の剥奪」

先ほども述べた通り、産業社会当時であれば、従業員の個性などは不要でした。むしろ、個性なんてものは邪魔だったのです。当時は便利なモノを効率よく・大量に生み出すことで世の中が豊になっていく時代だったので、働く人にも機能性が求められていたのです。

ただ、今のもうそのような時代ではありません。ものを大量に生産することで豊かになる時代は終焉し、今は情報化社会に突入しています。しかし、そんな今でも多くの会社あり方は昔とほぼ変わっていません。当時の成功体験を引きずっている人が会社で権限を持った偉い人になってるため、その当時の古い価値観をそのまま部下に押し付けるのです。

つまり、時代が変わって新しい社会構造になった今でも、昔の価値基準を「正しいもの」として提示される…それによっていまだに機械みたいな人間が正しいあり方だと思っている人が数多く存在するだけなのです。

そしてさらに、これからAIがどんどん普及してくると、そのような「機械みたいな人間」は今以上に価値を失っていきます。機械であればAIで代替可能なので、いわゆる優秀さを示すスペックのようなものの価値はどんどん下がっていくのです。

そのような点からも、世間一般でいう「仕事ができる人間」にこれからなろうとするのは、まったくもってナンセンスです。

私たちはもう、みんなと同じでなくて良いのです。むしろ、同じではない方が良いのです。これからの未来はみんなと同質化することの方が危険です。

・「メールはすぐに返信するべき」
・「デスクは常に整理整頓しておくべき」
・「こんな話し方をしてはいけない」

よく、このようなことを言われることがあります。しかし、こういった具体的な正解は、一律に答えが出せている時点でもはや過去のパラダイムにおける正解であると言えます。これからの時代に、全員に当てはまる一律の“具体的な”正解は存在しないのですよ。

そういった絶対的正解があると思い込み、そこに自分を合わせようとすると、これからの時代はかなり危険です。特に、その正解が“具体的なものであればあるほど”危険です。自分にもともとの個性があるにもかかわらずそれを押しつぶしてマシーン化するのは自殺行為と言えます。

だからこそ、冒頭で言ったように、私は世間一般でいう「仕事ができる人間」になろうとすることをオススメしないのです。

今仕事ができないことで悩んでいる人にとって、そのパラダイムのまま頑張って仕事ができるようになろうとするのは、これから人生を充実させる選択肢にはならない可能性が高いと私は思ってます。

では、これまでの内容を踏まえ、今仕事ができずに悩んでいる人はどうすればいいのか?

それに関してはこちらの動画に示しておきましたので、是非ご覧になってください。


これからの時代は、全員に当てはまる一律の正解など存在しません。これからは、自分なりの正解を自分自身で紡いでいくことが非常に重要になります。
今の時代に適した新しい生き方を学び実践しませんか?
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