前回の記事では「日本の義務教育が何を背景として生まれたのか」ということを解説しました。

日本の義務教育制度は、富国強兵(国家の経済的発展と軍事力強化)をスローガンとして、近代的な国家の創設を目指す中で導入された制度であり、当初の学校教育の目的は「指揮官の命令に忠実にしたがう従順な労働者」や「国に対する帰属意識を持った兵隊」を大量生産することにあったのです。

※前回の記事ではこのことについて詳細に解説しています(→前回の記事はこちら

では、今回の記事では、前回の内容も踏まえた上で「なぜ学校の教育だけを受けていてはお金を生み出すことができないのか」「自分でお金を生み出せるようになるにはどのような意識を持つべきなのか」について触れていこうと思います。


学校ではなぜお金の教育がなされないのか?


前述したように、義務教育制度が導入された当時の学校というのは「労働者育成するための機関」という側面を持っています。工場に従事し、集団の中で言われたことを忠実に・規律正しく遂行する労働者を大量に生産するために生まれたのです。

このことがわかると、学校では昔からお金の教育をしない、その理由もわかってくると思います。

それは、お金に関する正しい知識を多くの人にもたれてしまっては、労働者を育成するのに不都合だからです。

多くの人を労働者として育てるには、お金については無知でいてもらったほうが当時の国にとっては良かったのです。児童にお金の知識など身につけさせず、「工場に従事して言われたことを忠実にこなしていくことで豊かになれる」と思ってもらう、そんな洗脳教育をするほうが好都合でした。

「お金の話をするのはよくないこと」「それは何となくいやらしいこと」

そんな価値観を私たちが刷り込まれてきたのもそのためです。事実、儲けるということについてどことなく後ろめたさを感じている、そのような人が日本には非常に多いです。そのような価値観の中で生きていては、当然自分でお金を生み出すことなどできません。

「時間と労働力をお金に換える」

そんな労働者になることでしか、お金を得ることはできなくなるのです。



今の学校の先生に悪意はないが…


もちろん、今現在学校教育に携わる先生にそのつもりがあるかどうかは別問題です。さすがに今の学校の先生には「労働者を育成しよう」などという意図はないと思います。

ただ、今の先生も過去に同じような環境で、同じような教育を受けて育ってきています。

・「数十人の集団が一つの教室の中で、チャイム音と共に同じ行動をする」
・「先生という名の指揮官の指示のもと、全員決められた時間割に沿って活動する」
・「他の多くの人と違う行動をとる生徒や、先生の言うことを聞かない生徒は、異端者というレッテルを貼られて叱られる対象になる」

こういったことは昔からずっと続いてきており、今の先生もその中で育ってきたため、昔からある学校教育の在り方に対しては「それが当たり前」として何の疑いも持っていないのです。


今の学校の先生自身が、お金を生み出す起業家としてのマインドを育んでいくような、そんな教育は受けてきていません。だからこそ、今や学校教育に携わる人の多くも、それを「教えることができない」のです。

事実、「起業するべきだ」などとアドバイスをする先生はほとんどいません。

学校の先生も、自分が経験のないことを勧めるという無責任なことはできないので、それは仕方ないことではあるのですが…ただ、これが学校教育の現状です。

したがって、今の学校の先生には悪意はありませんが、そもそもの学校教育というのは(経済的側面から見れば)『労働者という従順なロボットを育成する』そのためのものであり、今もその制度は根本的には何も変わってないのです。

したがって(繰り返しになりますが)、学校で教わることだけを常識とし、その価値観のみをずっと採用していたらお金を生み出せる自分になれるわけはありません。



当時の学校は悪の施設?


さて、このような当時の学校教育の目的だけを聞くと、もしかすると「学校教育は個人の主体性を奪い戦争部隊として利用する悪の施設だ」と思う人も出てくるかもしれません。

ただ、実際はそんなことはありません。

当時の日本には、欧米諸国の圧力に対抗するために「経済の発展」と「軍事力の強化」は国の政策として絶対に不可欠なことでした。欧米諸国の圧力に屈してしまっては元も子もありませんので、日本も欧米に負けない強い国として生き残る必要があったのです。

その国策を実現するためそれに沿った人材を育成する、これは言ってみれば普通のことです。悪いことでもなんでもありません。

もちろん、当時の学校教育の狙いは「個人の主体性を育む」という点や「児童が自立した人間になる」という点からすると、マイナスの(搾取される)側面はあるかもしれません。しかし、国力の強化が必要だった当時の歴史的背景を考えると、そのための人材を育成する教育も必要なことであり、仮にそのような教育がなければ日本はそれを機に衰退していたかもしれません。

事実、経済的側面から言えば、欧米諸国の技術を導入して欧米と同じように経済を発展させようとしたことによって、日本は先進国になることができました。また、政治的側面から言っても、近代的な軍事力を強化したことによってその後起きた日清戦争や日露戦争では日本は勝利をおさめています。

したがって、国力を強化して国を守るという点から言えば、そのための人材を育成する当時の学校教育は(当時の歴史的背景を考えると)必要不可欠なものだったと言うことができます。



今の時代に何が必要かを考える


では、「当時」は必要不可欠だったその教育は、「今」の時代に必要と言えるでしょうか?・・・答えはNOです。

モノを大量に生み出すことで国が豊かになれる工業化社会の時代であれば、当時のような教育は必要だったかもしれません。しかし、今はもうモノが一般家庭に普及しきって、新しいモノを作ってもなかなかモノ自体が売れない時代になってきています。

今は工業化社会ではなく、情報化社会なのです。IT技術の発達により、個人がインターネットを駆使して自由に情報を発信・受信して、それぞれが価値を創造したり享受したりできる時代です。モノという有形のものではなく、情報・オンラインコンテンツ・体験という無形のものに価値の重きが置かれる時代なのです。

時代が変わっているのにもかかわらず、工業化社会に求められていた教育をそのまま実施しても、それは何の意味もありません。だからこそ、今の時代に学校で言われたことだけを守って生きていても、お金を生み出せるような人間にはなれないのです。

学校のあり方が昔と根本的に変わってない以上、今の時代において自分でお金を生み出す力(生きる力)を身につけるためには、学校で教わったことだけを守っていてはそれは実現できません。

学校の外にある、実際に個人でお金を生み出しているような人が発信している情報も受け取って自ら主体的に学ぼうとしなければ、今の時代における「生きる力」を身につけることはできないのです。

幸い、今はネットのインフラが整っているので、インターネットを駆使して個人が様々な情報に触れることができます。それを利用して、学校とは別に、インターネットを駆使して自ら情報を取捨選択し、お金を生み出すための知識を取り入れることは可能なのです。

このように、インターネットを使って様々なお金を生み出している人が発信する様々な情報に触れながら学んでいく、そのような意識を持つことが、お金を生み出せるマインドやスキルを培う第一歩となることは間違いないでしょう。


それでは、以上の内容も踏まえて再度以下の動画を視聴してみてください。おそらく最初に視聴した時よりもスムーズに内容が頭に入ってくると思います。


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