今回は「学校教育とお金」をテーマに書いていこうと思います。

そもそも、学校教育の目的の一つとして「社会で生きる力を身につける」ということが挙げられます。そしてその「生きる力」というものの一つには「自らお金を生み出せる力」というのも当然含まれてくるはずです。社会で自立した人間として生きていくためには、自らお金を生み出すということが必要不可欠だからです。


・・・・しかし・・・・


学校では、お金の教育がなされることはありません。お金に関する知識やお金を生み出すスキルは社会で生きていく上で必要なものであるにもかかわらず、その知識やスキルを学校教育で培うことはできないのです。

では、なぜ学校ではお金に関する教育を受けることができないのでしょうか?

※この記事と次回の記事を最後まで読むことで、学校でお金の教育がなされない理由やお金を生み出すためにどんな意識が必要なのかを明確にすることができます。以下の動画解説と併せてしっかりと理解してほしいと思います。



日本の義務教育の歴史



そもそも、日本の学校の義務教育というのは1872(明治5)年の「学制」に端を発します。この学制という教育法令によって初めて、国がすべての国民に向けて教育を行っていくこと(国民皆学)が目指されたのです。

それ以前の日本では、寺子屋や私塾という民間の教育機関が存在していました。ただ、それらはあくまで任意の教育機関であり、児童に教育に受けさせること自体を保護者に強制するものではありませんでした。それらはいわば、そこの教育を受けるかどうかは個人の自由な意思によって決めることができるものだったのです。

では、なぜ国は明治期になって新たに義務教育制度を導入し、国民皆学を目指したのか…?

当然、もともと義務としていなかったものをあえて義務化しようとする時点で、そこには国の明確な狙いがあります。この当時の国の狙いというのは、次のような言葉でまとめることができます。


富国強兵


この「富国強兵」というのは明治期に政府が掲げたスローガンであり、これが義務教育制度の導入(そして学校がお金の教育をしない理由)と深く関わってくるのです。


日本の義務教育導入時のスローガン「富国強兵」



富国強兵とは、国の経済的な発展(富国)と軍事力の強化(強兵)を目指し、近代的な国家を作り上げようとした明治政府のスローガンです。

この二つ(富国と強兵)を掲げるようになった背景には、江戸時代の黒船来航に代表されるような「欧米諸国の圧力」があります。

それまで鎖国状態だった日本に対して強い軍事力を持った欧米諸国が開国の要求をしてくる、そんな圧力に対抗するために、日本も欧米諸国に負けない軍事力を作ろう(強兵)という意識が高まっていきました。

ただ、軍事力を強化するためには、軍事物資を調達できるような大きな資金力も当然必要になります。資金力を持った国にならなければ、実質的に軍事力も強化することはできないのです。そこで、日本も欧米諸国の技術を導入して経済の資本主義化を図り、経済的な発展(富国)にも注力するようになったのです。

繰り返しになりますが、この富国強兵というスローガンを掲げているなかで、義務教育制度が導入されていきました。このスローガンを実現する上で、教育を受けさせること自体を義務化し、早いうちから児童全員を教育しておく必要があったからです。

これに関して、もう少し具体的に掘り下げておきましょう。


経済的な側面「富国」

欧米諸国に負けないくらいの経済的な発展を目指すためには、資本主義体制を確立することが必要でした。欧米で開発された新たな動力源(蒸気機関)を日本でも導入し、機械を使って大量にモノを生み出すことで経済を発展させていくことが目指されたのです。

その先駆けとして、「学制」が発された年と同じ1872(明治5)年に出来上がったのが、日本初の官営模範工場である富岡製糸場です。器械を使って生糸を効率よく生産し、それを輸出することでまずは資金を調達し、そのお金を使ってどんどん資本主義体制を推し進めていったのです。


なお、資本主義体制を確立する上で重要なのは、指揮官の言われたことを忠実に守り、決められた時間通りに規律正しく働く多数の従順な労働者の存在です。機械を使って大量にモノを生産していくためには、工場の中でその機械を実際に動かす実動部隊としての労働者が多数必要だったのです。

実は、「学制」を皮切りとする義務教育制度というのは、そのような大量の労働者を育成することを目的として導入されたものなのです。


これは少し考えればわかるかもしれませんが…

●『数十人が一つの教室に閉じ込められ、チャイム音と共に同じ行動を強いられる』
●『先生という名の指揮官の指示のもと、全員決められた時間割に沿って活動する』
●『他の多くの人と違う行動をとる生徒や、先生の言うことを聞かない生徒は、異端者というレッテルを貼られて叱られる

これらはすべて、一つの工場の中で資本家・経営者に命令されたことだけを忠実にこなしてくれるような労働者を大量生産するために作られた名残なのです。



政治的(軍事的)な側面「強兵」

また、欧米諸国の圧力に対抗できるような近代的な軍事力を創設するために、政府は、国のために身を挺して出動する護衛兵・戦闘員を国民全体から集める(国民皆兵)という施策を講じました。

それ以前の江戸時代であれば、武士という特定の身分の者が兵士の役割を担っていましたが、より強力な軍事力を確立するために、身分の境界なく国民全体から兵を集めて近代的な軍事力を作り上げることを目指したのです。

そのため、「学制」が発せられた次の年の1873(明治6)年には、「徴兵令」が出され、20歳以上の男子は全員一定の兵役の義務を課されるようになりました。実態としてはこれにはかなりの兵役免除もあったようですが、それでも国民全体から兵を徴収しようとするという点では、欧米諸国に対抗する軍事力の強化は急務だったと言えます。


なお、強力な軍事力を確保する上でもっとも重要なのが、兵士それぞれの意識の持ちようです。本当に強い軍隊とは、兵士一人ひとりの意識が一つの方向に統一されて一丸となっている軍隊です。「自分達は国の一員であり、その国のために戦っている」という各個人の強い帰属意識が強力な軍事力の基盤になるのです。

そしてそのような意識をもたせるためには、幼い頃から国に対する忠誠心を持つ教育を施しておくというのが効果的です。「国のために身を挺して戦うことが正しいことだ」という意識を幼い頃に植え付けておくことで、その児童が成人して兵士となった時には強い軍隊の一員となっているのです。

つまり、義務教育制度は、学校というひとつの空間の中で「児童に対して国への帰属意識を持たせる」「指導者の指示に従って動く兵隊予備軍を育てる」という目的で作られたものと言うことができます。

事実、その後天皇の言葉で発せられた教育勅語には、次のような一文が含まれています。

一旦緩急あれば義勇公に奉じ、以って天壌無窮の皇運を扶翼すべし

このように「ひとたび戦争になったならば、天皇のために身を挺して戦いなさい」という趣旨の文言があります。教育勅語という、天皇の言葉で教育に必要なことを記しているとされるものの中に、国のための戦争部隊となることを義務付けるかのような文言があるのです。



今も根本的には変わらない学校教育


このことからわかるように、義務教育制度を作り上げた当時の国の目的は、「児童一人ひとりに主体性を持たせること」でも「児童全員が自立した人間になること」でもありません。

むしろ主体性なんか持ってもらっては困るのです。主体性を持たず、指示されたことを規律正しく忠実に守って行動するような従順なロボットを育成すること、これこそが当時の義務教育制度の目的なのです。

したがって、義務教育制度が生まれた当時の学校は「労働者を育成するための機関」であり「強い軍隊の構成員として国への帰属意識を植え付ける機関」です。当時の国にとって都合のいい人材を育てるための洗脳機関なのです。


・・・・では・・・・


「当時の義務教育制度は国民一人ひとりを搾取する、完全なる悪の存在なのか?」といえば、そんなことはありません。当時の国が欧米諸国に負けない強い国家として生き残るためには、そのための人材を育てる、ある意味での洗脳教育も(一面の見方ではありますが)必要なものだったのです。

では、次回の記事では、今回の記事の内容を踏まえた上で「今の時代にお金を生み出す力を身につけるにはどういった意識と行動が必要なのか?」その結論を書いていこうと思います。


【追記】次の記事は ⇒こちら