ドラクエ7のストーリー考察からシナリオライティングスキルを磨く
前回の記事では、以下のような「神話の法則」に書かれた物語の構成に則って『千と千尋の神隠し』のストーリーを見ていきました。


今回は同じ神話の法則を基に、ドラクエシリーズの第7弾「ドラゴンクエスト7(エデンの戦士たち)」のストーリーを見ていきましょう。

シナリオライティングスキルを鍛えるという目的を前提に「神話の法則」に則ってドラクエ7のストーリーを見ていくと、非常に良くできたストーリー構成であることがわかります。

【ドラクエ7ストーリー①~⑤】日常から非日常へ



世界でたった一つの平和な島=グランエスタード島。その島にある漁村・フィッシュベルに住む16歳の少年が今回の主人公です。主人公の父親は立派な漁師ボルカノ、母親は肝っ玉の強い主婦マーレ。

物語は、漁師である父親の出航を主人公が手伝う(見送る)場面から始まります。主人公はいずれは父親の後を継ぎ、立派な漁師になることを期待されていますが、この時点では漁師としてはまだまだ半人前。

そんな主人公には、2つ年上の旧友がいます。それが、その島にあるグランエスタード王国の王子・キーファです。キーファは主人公のことをいつも弟のようにかわいがっており、国の王子でありながら、冒険好きで好奇心旺盛な性格。

「世界にはこの島一つしかない」という事実を疑い「この世界にはどこか他にも知らない国があり、誰かが暮らしているはず!」そんなことを思い描く、夢にあふれた少年です。

そんな好奇心旺盛なキーファと共に、主人公は島の東方の森の中にある遺跡を探索し始めます。その遺跡は代々の王家が眠る墓といわれており、近づいてはいけないとされている、いわば“禁断の地”なのです。

「この遺跡には何か大きな秘密が隠されている」

そのように思った主人公とキーファは、遺跡探索中に一つの賢者の像を発見します。遺跡の中の、固く閉ざされた扉の直線上にあるその賢者の像は、キーファが城から持ち出した「王家の古文書」に描かれた絵とそっくりだったのです。

「間違いない、この賢者の像に何か仕掛けがある…」

古文書に書かれた文字は難解で読めませんが、描かれてある絵から、キーファはそのように推察しました。しかし、像の周りを調べても仕掛けらしきものは見当たらず、二人はなかなか突破口を見出せません。

そこで一度遺跡を出て、王家の古文書を崖っぷちのじいさんに預けることにしました。すると崖っぷちのじいさんが古文書の文字を解読してくれます。古文書によると、扉を開くには「選ばれし者の心の輝きと熱意」が必要とのこと。

「心の輝きと熱意ならだれにも負けない!」

そう思ったキーファと共に、主人公は再び森の中の遺跡へ向かいます。そして二人は賢者の像の前に立ち、心を込めて強く念じました。

すると賢者の像はその祈りに応えるように輝き出し、輝いた光が扉の方向に放たれます。そして扉に光が直撃すると、それまで固く閉ざされていた扉が開いたのです。

二人は扉の奥に入り、そこで待ち受ける数々の謎を解いて先に進んでいきます。すると、何やら複数の台座が並んでいる部屋を発見。どうやらその台座には、石板をはめ込むことができるようです。

一度遺跡の外に戻った二人は、外で石板を見つけます。途中幼なじみのツンデレ娘・マリベルも加え、今度は三人で台座の部屋に行きます。そして見つけた石板をはめ込むと、三人は別の場所へワープしてしまうのです。


…というわけで、一応ここまでが神話のパターンの①~⑤に当たります。

「日常の世界」=漁村で平和に暮らす少年
「冒険への誘い」=キーファの好奇心
「冒険への拒絶」=近づいてはいけない禁断の地(周囲の反対)
「賢者との出会い」=崖っぷちのじいさん(古文書解読)
「第一関門突破」=心の輝きと熱意で扉が開く/謎を解いて台座の部屋に行き着く

という形ですね。

⑤のアーキタイプとされる「門番」は、ここでは「賢者の像」または「台座の部屋に辿りつくまでの謎」になります(※アーキタイプとは、物語に登場する典型的なキャラクターのことですが、これの詳しい説明はまた別のところでしようと思います)

【ドラクエ7ストーリー⑥~⑨】非日常の世界での試練



ワープした三人は、そこがどこかもわからずとりあえず歩き続けます。すると近くの村・ウッドパルナにたどり着きますが、その村は見るからに荒れ果てており、暗い雰囲気がただよっています。

中にいる村人たちの話を聞くと、どうやらその荒れ果てた村の状況は“魔物”の存在に起因するようです。突然現れた魔物が、村の女全員をどこかに連れ去り、残された男たちに魔物は次のように告げたと言います。

「自分たちの手でこの村を二度と立ち直れないくらいまでに壊し続けろ。さもなくば、連れ去った女たちの命はないものと思え」

それゆえ、村の男たちは自らの手で村を壊すことを余儀なくされ、全員生きることの希望を失っていたのです。

魔物の存在…。元いたグランエスタード島には魔物など存在しませんでしたが、どうやら主人公たちは、そんな魔物などいなかった平和な日常から、魔物が存在する全く別世界に来てしまったようです。

どうやって元の世界に戻ればいいかわからない三人は、とりあえず魔物に苦しめられたこの村・ウッドパルナを救うことにします。

カラーストーンの洞窟で「緑色の宝玉」を手に入れて村の戦士を救い、東の塔に行き、すべての魔物を牛耳っていたボスを倒す。そして主人公たちは、みごと村の女を解放することに成功するのです。

主人公たちによって魔物がいなくなり、村の女も全て解放されたウッドパルナは一気に活力を取り戻します。これで、村を救うという目的は達成。

そうして村を救った主人公は、なにやらワープゾーンのような空間を見つけます。その空間に触れると、なんと元いた台座の部屋に戻ることができたのです(これにて、帰還成功!)。

こうして元いた世界に戻ってきた主人公ですが、元の世界で異変が起きていることに気付きます。この世界は、島はグランエスタード島一つしかなかったはずが、その北西に、もう一つ島が出現しているのです。

突如姿を現したその島に船で向かい、近くの村を訪れてみると、その村の名は“ウッドパルナ”だといいます。

「なるほど…そういうことか」

どうやら先ほどワープしていた世界は過去のウッドパルナのようです。そして過去の世界の島で起きている問題を解決すると、現在の世界でもその島が出現する仕掛けになっていることがわかりました。

そのような仕掛けがわかった主人公たちは、石板を集めては台座にはめ込み、様々な島の過去の世界へワープしていきます。

エンゴウ・オルフィー・フォーリッシュなど、その他様々な地を訪れる中でガボやアイラといった仲間に出会います。また、途中ユバールの村でキーファが戦線から離脱することになります。

主人公は、このような旅の中での出会いと別れを経験しつつ、数々の強敵を倒しながら、一つ一つ封印された大陸を救っていくのです。


…さて、こんな感じで、封印された大陸にワープし、その大陸が抱える問題を解決することで、現世にその大陸を復活させるという行動を繰り返していきます。

そしてこの数々の大陸を封印し、現世から消し去ったのは他でもない「オルゴ・デミーラ」という最後のボスです。



このオルゴ・デミーラは神を騙っていた“偽の神”であり、最終的にはダークパレスでこのオルゴ・デミーラを倒し、世界に平和をもたらすことになります。

この辺り、上の動画の中でも述べましたが、グノーシス思想の影響をもろに受けていると考えられます。

「禁断の地に足を踏み入れたことがきっかけで、現世に大陸を復活させる仕組みを知ることができ、偽の神によって封印されていた大陸を解放することになる」

というドラクエ7のストーリーは、

「禁断の木の実を食べたことがきっかけで、今の世界を正しく認識することができ、偽の神によって支配されていた状況から解放されることができる」

というグノーシス思想とほぼ一致するのです。聖書の「ルシファー」の存在も、オルゴ・デミーラの形態に反映されています。

この⑥~⑨の項目をまとめると次のようになります。

「試験」=封印されていた大陸の救出
 「仲間」=ガボ・アイラ・メルビン・シャークアイ・村人等
 「敵対者」=魔物やボス

「最も危険な場所への接近」=ダークパレス内部
 (オルゴ・デミーラ直前のダンジョンが気持ち悪い笑)

「最大の試練」=オルゴ・デミーラの討伐

「報酬」=世界に平和をもたらす

ちなみに非日常の世界というのは「魔王討伐までに冒険をしている世界」ということになります。

・「現在の世界」=日常
・「過去の世界」=非日常

ということではありません。

「現在の世界」と「過去の世界」を行ったり来たりしている間はずっと冒険をしているので、常に非日常の世界となります。


なお、ドラクエ7の場合、プレイヤーとしても「過去の大陸と現在の大陸、この二大陸間の行ったり来たりを繰り返す」という旅の全体像が序盤で分かってしまっていたため、なんとなくプレイすることの気だるさを感じた人もいたかと思います(現在と過去で地形が同じなのも、冒険の新鮮味には欠けますし)。

ドラクエ7は、ストーリーに聖書などの知識も取り入れているため、“ストーリーの知的さ・高尚さ”という面ではドラクエ史上最高に魅力的なものに仕上がっていると思います。

ただ、プレイする側としては「行ったり来たりを繰り返すという冒険の性質上、マンネリが起きやすい」というのは難点と言えるかもしれませんね。

【ドラクエ7ストーリー⑩~⑫】非日常から日常へ



ダークパレスでオルゴ・デミーラを倒すと、世界に平和が訪れます。そして主人公は魔物のいない平和な日常の生活に戻り、フィッシュベルの港で一人前の漁師として初めて出航することになるのです。


この辺り、「⑩帰路→⑪再生→⑫帰還」の要素を明確にすることは難しいですが、このうち最も大事なのは ⑪「再生」です。

ここでの「再生」とは、かつての日常で自分に欠けていたものを、非日常の体験で獲得する、そしてそれによって「人間として成長する」ということを指します。

通常であれば「死の淵から復活を遂げる」という意味ですが、それは「一度死ぬことで内面的に生まれ変わる」といった意味合いを含んでいます。要するに、自分の内面的な成長…これが「再生」なのです。

前回の記事の『千と千尋の神隠し』であれば、

かつての日常では父親と母親について歩くだけの消極的だった千尋が、非日常の空間で様々な試練を乗り越えることで次第に主体性を見出し、内面的な成長を遂げた自分になる

ということが「再生」でした。

したがって、今回のドラクエ7でも、

かつての日常では漁師としてはまだまだ半人前だった主人公が、非日常で現実の厳しさ(敵との戦いや仲間との出会い・別れ等)を経験することで、一人前の漁師として船で世界を回ることを許される人間になる

これが「再生」と捉えられるでしょう。

いわば非日常空間での経験というのは、この「再生」を遂げるための、一種の通過儀礼のようなものなのです。

ドラクエ7のキャッチコピー「人は誰かになれる」



このドラクエ7のPS版のキャッチコピーは「人は誰かになれる」ですが、思えば、このドラクエ7の冒険の始まりはすごく小さなことでした。

魔物のいない平和な日常の中で、絶対に入ってはいけないとされていた「禁断の地」に足を踏み入れようとする好奇心、すべてはそこから始まったのです。

その好奇心を起点として始まった冒険によって、平和とされていた日常は偽の神に造られた虚像であったことが判明し、その後本当の意味で世界を救うことになりました。そしてその経験を通して、主人公は内面的成長をも遂げることになります。

成長を遂げる上で重要なのは、この少年の好奇心のような内なる心です。自分の外側にある規範に従うのではなく、自分の内にある心に従って行動することなのです。

現代においても、自分の外側にある「神の教え」や「周囲の思想」に全面的に従うのではなく、禁忌を犯してでも自分の内なる心に従って行動すること、それによって世界を変えることもできるのです。

そう、そんな内なる心によって、人はどんな人間にもなれる・・・「人は誰かになれる」のです。


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