就職活動に関する、こんなニュース記事を目にしたことがあります。
就活に失敗して以来日雇いで仕事を続けている、一人の男性にスポットを当てたニュース記事です。

就職活動に失敗した一人の男性は、大学卒業後に派遣の仕事に就いた。いわゆる日雇いの(日当を稼ぐ)労働である。そんな日雇いの仕事をする生活はもう3年も続いているが、その男性は今では公的な職業訓練を受けているという。

職業訓練を受けている理由はほかでもない、正社員になるため。

就活に失敗して以来「このままだと駄目だ」とずっと思ってきた男性は、正社員として働いている友人が結婚したり、出世したりといった話を聞くと、どんどん取り残されていく閉塞感を抱くという。「賃金が不安定で福利厚生の面でも見劣りする非正規雇用を脱し、自分も正社員になりたい」

日本では、一度非正規でスタートするとやり直しは難しく、正規と非正規の格差は拡大し続ける。そんな中で、この男性は「将来の展望は抱けない。ただ今は何とかして、職業訓練が終了する3月までに正社員の就職口を見つけたい」と思っている。


記事の中身はこんな内容だったのですが、これを見て私は次のような感想を抱きました。

『自由で安定した生活を手に入れるための手段が「正社員になること」一択になっていて、選択肢を限定しすぎてないかい?企業のホームページの正規雇用の採用欄を見ることだけが、今の閉塞感を払拭する唯一の方法ではないよ


この記事に書いてあった男性のように、現に「苦しみながら就職先を探している」という人は他にも非常に多いようです。しかし、個人的に、苦しみながらやるくらいであれば就活なんて最初からやらなくていいと思います。

第一、正社員になったからといって充実した生活が送れるとは限りませんし、何より会社に依存している以上、自分の時間的な自由は確実に制限されてしまいます。

インターネットが発達した現代において、お金を稼ぐ方法、自由な生活を手に入れる方法なんてものは本当にいくらでもあります。今は企業に勤めずとも、個人が自由にお金を稼ぐことができる時代なのです。苦しみながらも就職口を探している人は、正直、自らが持っている選択肢の幅が狭すぎです。

ただ、これは決してそのような人が悪いというわけではありません。

悪いのは、「個人が自由を獲得できる時代になった」ということを教えてくれる人がいないという今の状況です。「昔は企業へ就職することが重要だったが、今は全く状況が違う」ということを、歴史的背景も含めてしっかりと教えてくれる人は、実はほとんどいないのです。


そこで今回の記事では、
・「なぜ、今は個人の時代と言えるのか」
・「なぜ企業に就職することが正当な時代ではないのか」
ということを、歴史的背景も踏まえて書いていこうと思います。

歴史を深く知ることでその理由がより鮮明に理解できます。就職することに不安を感じている人や、就活に失敗して何をすればいいのかわからない人、あるいは今現在企業に勤めていて漠然と不満を抱いている人は参考にしていただければと思います。


以下の動画にまとめておきましたので、ぜひご覧ください。


今は、雇われることだけが安定を手にする手段ではありません。


「企業に就職する時代」と「個人で活躍する時代」


まず、わかりやすいように「近代」と「現代」を比較したうえで歴史的背景をまとめておきましょう。簡潔にまとめるのであれば、次のようになります。

近代においては、蒸気機関という新たな動力技術の発達によって、機械を使って大量にモノを生み出すことでそれまでよりもはるかに効率よく経済を発展させることが可能になった。これが「産業革命」の発端となる。

そして新たな動力源によって機械を使い、大量にモノを生産していく過程で、お金を使って機械や工場を所有する少数の「資本家」と、その機械を使わせてもらって直接モノを作り出す多数の「労働者」、この二者で構成される組織が出来上がった。お金を持った少数の資本家が多くの労働者を雇い、規律正しく働かせることで効率よく経済活動を行う組織、これがいわゆる「企業」の原型になる。

当時はこの企業の活動によって効率よくモノが生み出され、それによって国の経済もどんどん発展していくことになった。そのため、大部分の労働者は「企業」に属することを重視し、経済活動のメインの主体は「企業」になった。

しかし現代では、モノが一般家庭にまで普及しきって、新しいモノを作ってもなかなか売れない時代になってきた。生活必需品などはすでに家庭にそろっているため、人々のモノに対するニーズはだんだんなくなっていく。

モノが普及していない時代には、人々の価値観も「便利なモノが欲しい」という方向である程度一律のものだったが、モノが普及してきたことによってもうモノは要らなくなり、人々の価値観は一律ではなくなっていった。「モノの便利さ」(機能的価値)に対する需要は生まれにくくなり、代わりに「面白さ・可愛さ」などの主観的な価値(感情的価値)に対する需要が生まれ、人々の価値観は多様化していった。

そこに来て「IT革命」というものが起きたことで、人々の価値観はさらに多様化を増すことになる。情報通信技術の発達によって「個人」でも情報を自由に発信・受信できるようになり、その個人が多くの人に「面白いこと・可愛いもの」を情報という形で提供することができるようになった。つまり、個人がインターネットを駆使して人々のニーズを満たすことができるようになったのある。

これにより、経済活動においては「個人」が活躍できるステージが用意されたことになり、「企業」に劣らない経済力を「個人」でも持つことが可能になった。


…というわけでざっくりとまとめるとこんな感じです。それぞれのキーワードとしては…

◎「近代」=「産業革命・動力技術の発達・企業」
◎「現代」=「IT革命・情報通信技術の発達・個人」

ということになります。では、この背景を以下で細かく解説しておきましょう。


「企業就職=安定」という価値観の形成



「企業就職が安定をもたらしてくれる」という価値観が形成されたのは、17世紀に産業革命が起こってからです。では、産業革命とそれが日本に与えた影響を簡単にまとめておきます。


■【産業革命と資本主義体制の確立】

17世紀、イギリスがインドとの貿易を開始しました。そしてその貿易の中で、インドから輸入した「ある製品」が、イギリスで大流行したのです。

そのある製品とは・・・「綿布」

綿布は軽くて暖かいうえに、手触りが柔らかくて気持ちいい。さらに白い布地は染めやすくてプリントもしやすい。「こんないいものがあったんだ!」と、当時のイギリスで綿布は大流行になったのです。

「綿布万歳!綿布万歳!」

ところが、「綿布万歳!」と言っていられない人たちも出てきます。それが当時のイギリスの毛織物業者です。まあ、当然です。海外からやってきた綿布が流行することで、イギリスで毛織物をほしいと思う人は相対的に減ることになります。そのため、毛織物業者の売り上げも急激に下がってしまいます。

困り果てた毛織物業者は政府に次のように働きかけます。「綿布の輸入を禁止してくれ!これ以上綿布が流行すると、毛織物を作っている私たちは破産してしまう!」そして政府はこれを受け入れ、イギリス政府は1700年にインドの綿の輸入を禁止するのです。

しかし、政府が輸入を禁止しても、イギリスの人々はもう綿布の魅力を知ってしまっています。「我が国(イギリス)の人たちは綿布がほしいと思っている。しかし輸入はできない!」こんな状況になるのです。ではどうすればいいか。

「…そうだ!輸入がだめなら自分たちで作ってしまえばいい!」

ということで、今度はイギリス国内で綿布の生産が始まりました。当然、当時のイギリス国民は綿布大好きです。作ればどんどん売れていきます。綿布を作っても作っても、ほしいと思っている人はまだまだ大勢いる。…そしてだんだん生産が需要に追いつかなくなってくるのです。

「やばい!今のままでは作っても作っても需要に追いつかない。もっと効率よく大量に綿布を生産できる方法を考えなきゃ!」

そこで、モノを大量に生産するための技術改良が始まりました。そして技術改良により作られた「機械」を導入することによって、効率よく大量にモノを生産することが可能になったのです。(これが産業革命の発端です)

さて、これによってモノの生産は工場で機械を使って行われるようになります。そうすると、どのような変化が起こるか?

これまで手で物を作っていた人たちは工場で働くようになります。機械で作ることができるなら手で作る必要はないですから。それまで伝統的だった手工業者はどんどん衰退していき、彼らは工場で機械を使う、工場労働者になるのです。

これによって工場労働者が一気に増えます。気付けばお金を持った少数の資本家たちが大勢の工場労働者を雇い、それによって効率よくモノを生み出して経済活動を行っている、そんな状況になるのです。

「少数の資本家」と「大多数の労働者」

これが企業の原型であり、この組織をもとにした経済活動が資本主義社会の始まりです。これによってイギリス経済はどんどん発展していきます。機械を使って大量にモノを生産し、効率的に経済活動が行えるようになったのですから当然ですね。

そして、この経済の在り方は日本や他国にも波及していきます。そして日本の人々の間でも、この経済の在り方がスタンダードな位置づけとして社会的地位を確立していくのです。

「企業に勤めて労働すれば経済は発展していく!企業の成長とともに自分も豊かになれるんだ!」

この考え方の延長に、「企業就職」=「安定」という意識があるのです。



次第にモノが売れなくなり、価値観が多様化する



しかし、そのような状況はずっと続いていくわけではありません。

確かに、モノが一般家庭に普及するまでは、モノを大量に生み出すことでそれが売れ、どんどん経済が発展していくことにはなります。ただ、モノが一般家庭にまで普及しきると、当然同じモノは要らなくなるため、次第にモノ自体が売れなくなっていくのです。

モノが世の中に普及していなかった時代には、人々はモノの便利さという機能的側面に価値を見出していました。しかし、モノが一般に普及してきて物質的に満たされると、もうモノは不要になり、便利さなどの機能的な部分には価値を見出さなくなってくるのです。つまり、モノという物質的な需要はなくなってくるのです。

すると今度は、物質的・機能的な側面ではなく、精神的・感情的側面に需要が移っていきます。「便利だから欲しい」という一律のニーズではなく、「面白いから欲しい・可愛いから見たい」といった主観的判断によってニーズが生まれるようになったのです。当然、主観というのは人それぞれ違うものですから、何に価値を見出すかは人それぞれで異なることになります。

何を面白いと感じるか・何をかわいいと思うか、これらは各人によって異なります。つまりこの段階で、人々の価値観は多様化していくことになるのです。そしてその人々の価値観の多様化に拍車をかけるのが、IT革命によるインターネットの普及です。


「企業就職=安定」という価値観が幻想と化す



インターネットの普及により、テレビや雑誌などの大きなメディアではなくても、個人が自分のメディアをもって自由に情報を発信・受信することができるようになりました。インターネットが普及する以前と以後では、情報の流れ方は明らかに違います。

◎以前=「少数の情報発信者→多数の情報受信者」
◎以後=「多数の情報発信者→多数の情報受信者」

つまり、どんなに無名でちっぽけな存在であった個人でも、自分のメディアを通して自由に発信することで、人々のニーズを満たすことができるようになります。インターネットの発達・普及により、個人がネットを通して場所や時間を問わず、多くの人に対して価値を提供できるようになったのです。

事実、そのようなことをしている人はすでに非常に多いです。面白い動画を作成してネット上にアップして特定の人を楽しませる人や、役立つ教育コンテンツをメール通して配信する人など、インターネットの普及によって「個人」の活躍できるステージが用意されています。そしてそれを通してしっかりとマネタイズしていくことで、企業に属さずとも個人で自由に生活していくことができるのです。

そのような時代においては、かつて企業への就職という行為によって得られていた安定は、現代では失われつつあると考えるべきです。あえて企業名は挙げませんが、業績不振の企業が相次ぎ、リストラ決行や不祥事発覚を目にすることの多い今の状況を見ればもうわかるはずです。

「企業に勤めること」ではなく「個人が稼げる力をつけること」こそが、今の時代の真の安定につながります。当たり前のことですが、時代は変わるんです。いつまでも凝り固まった価値観のもとで同じことをやっていては、自分を進化させることはできません。

インターネットを使って人々に自分が生み出す価値を提供する、これがいわゆる「インターネットビジネス」というものです。「ビジネス」という言葉を使うと硬い感じがしますが、動画を配信しているいわゆるYouTuberなんかも、動画を通して多くの人を楽しませることでお金を稼いでいる、いわゆるインターネットビジネスの一種です。

インターネットビジネスは副業で始めることもできますし、また、YouTuberのように顔出しなんかせずともお金を稼ぐことは十分できます。現に、副業から始めて徐々に稼いでから本業に移行し、最終的に顔出しなしで月収1000万円以上を稼いでいる人も複数います。

このように(繰り返しになりますが)今は個人が活躍できる時代なのです。

この記事を読んで、「雇われることだけが安定を手にする手段ではない」「今は企業に勤めなくても個人が自由を獲得できる時代である」ということが分かっていただければ幸いです。