何やら最近、桜井和寿さん率いるMr.childrenの曲の歌詞が盗作された、という出来事が話題になっているようですね。ミスチルと言えば、

「いいことばかりではないさ でも次の扉をノックしよう もっと素晴らしいはずの自分を探して…」

という歌詞の「終わりなき旅」が私の中では印象に残っているんですが、まあ、そんなことはどうでもいいです(笑)


今回盗作の標的になったのはそれではなく、『抱きしめたい』という曲の歌詞です。これが平浩二さんの『ぬくもり』の歌詞とそっくりだということで話題になっています。


ミスチルの『抱きしめたい』がリリースされたのは1992年。



一方の『ぬくもり』は、平さんの「愛・佐世保」というシングルのカップリングとして今年(2015年)の5月に発売されました。



『ぬくもり』の作詞を手掛けたのは沢久美さんという方のようですが、これが『抱きしめたい』の歌詞がどのくらい似ているのか、それは以下の通りです。



「おい…」って感じしますよね。

ここまで一致させてしまったらバレるのも時間の問題だったでしょう。もう罰ゲームでやらされてるのかっていうくらいそっくりですね…。曲は全く違うようなのですが、冒頭の歌詞はほぼそのまんまです。

前半の歌詞で唯一変えている部分は「霧雨けむる静かな夜」という箇所です。これは「霧雨けむる」というのが独特の描写で、この短い語句で情景をイメージできるというところがミスチルの作詞のすごいところなのですが、『ぬくもり』ではこれを「霧雨が降る」という普通の(一般的な)表現に変えてしまっている…。

つまり、歌詞のほとんどをパクっておきながら、わずかに変えた部分は劣化している…「パクった上にすべる」という最悪のパターンです!

結局、客観的に見て盗作を否定できないということで、この『ぬくもり』は出荷停止が決定したようですが、私がここで指摘したいのはそんなことではありません。曲や歌詞の盗作なんてのは他にも溢れかえっていますので、これ自体私はそんなに珍しいことではないと思っています。

この盗作疑惑の件で私が注目したいのは、作詞をした沢さんの弁明についてです。実は昨日、沢さんはこの件に関して次のようなコメントしていたと言います。

「ご迷惑をお掛けしています。ただ、私は60を超えていて、ミスチルもよく知らないし、『抱きしめたい』は全く知りません。だから盗作はしていません」

いやいやいやいや・・・・・

このコメントいただけません。「盗作を認めないのがダメ」というよりは「盗作疑惑がかかっている状況でのコメント」がいただけないのです。

作詞家というのはいくぶんユーモアが問われるものだと思うので、ここでどうコメントするかによって、ピンチをチャンスに変えられると思うんですよ。なので個人的には、どう見ても言い訳できないこの状況を、作詞家のユーモアで切り抜けてほしかった…。

たとえば・・・


「『抱きしめたい』って有名なんですか?私はそんな名もなき詩は知りませんよ。私はただ、いつの日もこの胸に流れてるメロディに沿って軽やかに緩やかに歌詞を作っただけです。ちょっと歌詞が似ているからってパクリと判断するその心が歪んでいませんか?あるがままの心で生きられぬ弱さを、私のせいにして過ごさないで下さい!これ以上「パクった、パクってない」の話をしても埒があきません。そんな言い合いしても言わばエゴとエゴのシーソーゲームですよ。私は、ミスチルなんか知りません!」


こっちの方が、窮地に追いやられた作詞家としてはセンスのある回答だと思うんですよね。

それと、指摘したいことのもう一つ。実はこれが一番言いたいことなんですが、沢さんは「60を超えている」ことを理由に「ミスチルは知らない」と言っています。

ただ、ちょっと待ってください。「60を超えている」と言っていますが、調べたところによると、沢さんは1945年3月生まれなんです。

つまり・・・


今70歳ですけどね!


70歳の女性が「私はもう60を超えています」って・・・・言葉のマジックによって少しでも若く見せようとするところ、やっぱ女性はいつになっても女だな~と思いました(笑)

というわけで沢さん、現実から目を背けずに・・・


「いいことばかりではないさ!さあ次の70という扉をノックしよう!」